果|森の果子。
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読書に、音楽に、ひと皿に。KOBOKUがそっと寄り添う静謐なひととき。
日本古来の香木を嗜む和香木研究所《KOBOKU》は、食とともに、本とともに、音楽とともに、その世界を深めてくれる。
このコラムでは、静かな時間のなかで香味と感性が重なり合うペアリングを紹介していく。
乃し梅本舗・佐藤屋『くろもじ羊羹』と《杉翳》のペアリング。
二十四節気・秋分を迎え、昼と夜の長さが釣り合い、季節の均衡が訪れます。陽射しはなお力強いものの、夕暮れの風には確かに秋の気配が混じり、日々の景色に静かな翳りを落とします。残る夏の熱気と、忍び寄る涼やかさ。その狭間に漂う余白は、心をひととき解きほぐしてくれるものです。


この時季にぴったりの菓子が、山形で200年余り続く老舗の和菓子屋『乃し梅本舗 佐藤屋』8代目・佐藤慎太郎氏が手がける「くろもじ羊羹」です。
黒文字(クロモジ)は、茶人に愛された雅な香木。楊枝として、薬草として、日本人の暮らしを静かに支えてきた樹木です。その葉を粉末にし、小豆の羊羹に練り込んだとき、時を超えた芳香がふわりと立ちのぼります。山椒を思わせる清涼感と、柑橘のような瑞々しさ。甘美でありながら凛とした余韻は、まさに「森の果子」と呼ぶにふさわしいものです。

森の雫を味わい、森の菓子を愛でる——この上なく贅沢な体験は、きっと記憶の奥深くに刻まれることでしょう。
大切な人と語らう口実に、私だけの密かなご褒美に。立ち昇る黒文字の気配に耳を澄ませば、森が紡ぐ静寂の風景が心と身体に新たな余韻を刻んでくれるはずです。

